幸せな一日を彩ることは、
美しい日本の再発見にもつながっている。

Interview

古山 哲
フードプロデュースセクション統括料理長

駅伝に出られなかったら、
料理人になるんだと決めていた。

料理人として働く多くの方と違い、私は調理の専門学校に通ったことがありません。高校を卒業した後、夢だった箱根駅伝に出るために大学へ進学。最終メンバーには選ばれていたものの、自分が夢の舞台で走ることは叶いませんでした。卒業後は、料理を仕事にする。専門的な経験はなかったものの、料理好きの母の影響もあり、そう決めていました。どこで働こうかと考えていたある日、テレビで見た函館の五島軒の長い歴史と風格に惹かれ、そのまま夜行列車に飛び乗りました。技術も経験もコネもない私を五島軒は懐深く雇い入れてくださり、6年間さまざまな洋食技術を身につけさせてくれたのです。

東京に戻ってからはイタリアンの有名店で修行を積み、独立するシェフについていって気がつけば20年。「これ以上同じ店に長くいると、後続の成長を邪魔してしまうかもしれない」という思いで、ご縁のあった八芳園に転職しました。当時八芳園のイメージといえば伝統的な和食でしたが、2014年当時はちょうど調理場の転換期。和洋折衷のお料理のご提案を試みていたタイミングだったので、それならば「洋」の私にもできることがありそうでしたし、何より門をくぐると広がる美しい日本庭園の存在が、「なんだこの空間は」と私をわくわくさせたのです。

生産者の方も含めたチームの力が、八芳園の料理をつくっている。

「和食から和洋折衷への転換点」という象徴的な変化に限らず、八芳園は常に進化をつづける組織です。新しい試みに臆することなくチャレンジし、個ではなくチームで戦う。それがこの組織の凄さだと常々実感しています。そして、もう一つの八芳園らしさは生産者とのつながりの強さ。かつて「RESTAURANT ENJYU」という創作料理レストランの料理長をしていた際には、全く知らない土地に足を運んでは生産者の方にご挨拶し、お付き合いをさせていただきました。信頼関係のある生産者さんのお野菜を提供することはゲストをもてなす自信になり、素材に対する探究心も芽生えます。

忘れもしない2024年1月。RESTAURANT ENJYUでは、月ごとに一つの都道府県の食材にフォーカスを当てたコース料理をご提案しており、その月は石川県の食材でコースを組む計画をしていました。生産者の方とも連携しながら準備を進めていたのですが、元旦に能登半島を震災が襲いました。すぐに安否の確認はとれたものの、交通網が復活しない。それでも生産者の方自身が運送会社の荷受けポイントを自力で見つけ、そこまで運び、なんとか食材を届けてくださったのです。おかげさまで、メニューを変更することなくお客様にコースをご提供することができました。あれほどまでに生産者の方を尊敬し、感謝し、大切にしたいと感じた出来事はありません。八芳園の料理の味は、生産者の方も含めたチームの力で生まれる味なのだと思います。

不安で泣いていた新婦様の、とびきりの笑顔を見られた日。

八芳園のチャレンジ精神がとてもよく表れていることの一つが、婚礼料理です。美味しいのは当たり前。そこから何歩も踏み込み、新郎新婦様のご出身地の食材を取り入れたり、思い出の料理を再現したりと、おふたりのためのお料理をそのつど考案して、喜んでいただく。そこまでやるか、を感じていただくのが私たちの仕事であり、新郎新婦様も一緒になって試行錯誤するからこそ、きっと心に残るお料理がご提供できるのだと思います。

かつて「白凰館で披露宴をしたい。でもお料理だけがどうしても不安なんです」と泣いておられた新婦様がいらっしゃいました。直接ご挨拶して胸の内をお聞きし、「あぁ、きっと新婦様はもっと華やかなお料理を望まれているんだ」と感じた私は、新たに2種類のメニューを考え、再試食のご提案をさせていただきました。その結果、その場で不安を解消していただくことができ、披露宴当日も「白凰館を選んで本当によかったです!」とそれは晴れやかな笑顔で言ってくださいました。おもてなしとは、丁寧なご対応や振る舞いのことだけではなく、お客様の思いを汲み取り、期待を超えることで初めておもてなしと言えるのだと私は思います。そして料理人の腕も、ただ料理に打ち込むことだけで磨かれるのではなく、そうしたコミュニケーションや思いを汲み取り、期待を超えるために試行錯誤する経験によっても磨かれていくのだと気づかされました。

成長させてくれた八芳園に、走り続けることで恩返しを。

料理人として30年近いキャリアを持っていた私が、八芳園でさらに成長できた理由。その一つには、社長である井上の存在があります。飛び抜けたアイデアマンである社長の脳内を、どう料理で再現するか。最初は面食らって「果たしてできるだろうか?」と思うことも、「もし実現できたらすごい景色が見られそう」と思うと、ついやり遂げたくなるんです。

社長を始め、経営層の発想力や先見性に引っ張られるうちに、私もヴィーガンやハラールをはじめ多種多様なニーズに対応する料理の力をつけることができました。ここから先は、八芳園と若いスタッフにどう貢献できるかを考えながら働いていく、いわば恩返しの時間です。後続に場所を譲るだけが、ベテランの役目じゃないと今ならば分かります。若いスタッフたちとしっかりコミュニケーションをとり、彼らの長所を認め、伸ばしていく。私自身も走る背中を見せ続ける。それがきっと、八芳園全体のおもてなしの質を向上させることにつながるのだと信じています。

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